仏像(ご本尊)について

仏壇という言葉の本来の意味は、「仏像を安置して礼拝するための壇」です。
とくにお寺様とのご縁があるお宅は、そのご宗派のご本尊(仏像、掛軸)をお仏壇に安置されることをお勧めいたします。

ご家庭のご本尊

ご家庭のお仏壇に安置する各宗派のご本尊、脇侍をご案内します。
ご本尊として安置されるのは木像や掛軸などですが、木像は金箔を施したものや木地を生かしたものなどがあり、材料としては白檀、柘植、檜、榧(かや)、楠などが用いられます。
掛軸は本紙(仏像や文字の書かれた中心部分)が紙や絹のもの、また本紙が印刷や手書きのもの、表装も本格的なものから簡略化したものまでさまざまです。最近では、現代仏壇(都市型仏壇)などに安置しやすいように掛軸の周りに木製の縁を付け、自立するようになっているスタンド式のものもあります。

                  

宗派によるご本尊の違い

お釈迦様の教えをもとに長い年月をかけて膨大な経典が生まれました。
同じ仏教であっても、お釈迦様のどの教えを重視するかによっていろいろな宗派がおこり、沢山の仏像が造られたのです。
また、インドから中国、中国や朝鮮半島から日本へと伝わるあいだに、それぞれの国の古くからの土着の信仰、宗教、思想などと習合したことも様々な仏像が造られた理由となっています。
ここでは代表的な宗旨のご本尊、脇侍をご紹介します。

宗派 本尊 脇侍 ご家庭で主に読まれる経典
<向かって左> <向かって右>
天台宗 坐釈迦、坐弥陀など 伝教大師 天台大師 般若心経
真言宗(古義) 大日如来(金剛界) 不動明王 弘法大師 般若心経
光明真言
〃 (新義) 大日如来( 〃 ) 興教大師 弘法大師 般若心経
光明真言
浄土宗 舟立弥陀(舟形光背) 法然上人 善導大師 四誓偈(無量寿経)
真身観文
浄土真宗 阿弥陀如来立像 九字名号
(蓮如上人)
十字名号
(親鸞聖人)
正信念仏偈和讃
御文章(西)
御文(東)他
(浄土真宗各派によって脇掛が異なります)
時宗 阿弥陀如来(坐像、立像) 二祖真教上人 一遍上人 四誓偈
(無量寿経)
仏心観
阿弥陀経
融通念仏宗 十一尊天得如来画像 法明上人 良忍上人
臨済宗
(各派共通)
釈迦如来坐像 観音菩薩 達磨大師 般若心経
観音経
坐禅和讃
臨済宗
(妙心寺派)
釈迦如来坐像 花園法皇 開山無相大師 般若心経
観音経
坐禅和讃
黄檗宗 釈迦如来坐像 隠元 達磨大師 般若心経
観音経
曹洞宗 釈迦如来坐像 瑩山 道元 般若心経
大悲心陀羅尼
修証義
(または釈迦如来、道元、瑩山の三尊仏掛軸)
日蓮宗 大曼荼羅日蓮聖人像 大黒天 鬼子母神 法華経
自我偈
神力品方便品

ご本尊の選び方

お仏壇に安置される場合は、お仏壇との調和、バランスが大切になります。脇侍とのつり合いや、
また脇にお位牌を安置する場合には、それぞれの高さ等に気配りが必要です。
長く大切にしていくものですので、より品質の確かなものをお選びいただければと思います。
また、なかには本山からご本尊をお受けすることを重視している宗派もあります。特に浄土真宗の場合には
本山やお手次のお寺さんにお願いしてご本尊、お脇掛をお受けすることを原則にしています。

お仏壇にご本尊を安置することについて

お仏壇は仏教徒の礼拝の場ですから、本来ご本尊を安置して崇敬するのがふさわしいと思いますが、日本人は、祖先崇拝、祖霊祭祀といった伝統を大切にしてきましたので、どちらかというとお仏壇は「お位牌を安置する場所」というイメージをお持ちの方のほうが多いのかもしれません。
たしかに何代も続いているような古い家柄のお宅でも、ご本尊が無く先祖のお位牌をお仏壇の真中に納めて、先祖供養を中心に長くお祀りされてきたという場合も多いと思います。
お仏壇は、亡き方、ご先祖様を偲び報恩感謝をする場として、また遠いご先祖さまから続くかけがえのないいのちの大切さ、家族のつながりを感じる場として、家庭の精神生活のよりどころとなってきました。

それではお位牌だけでもいいような気がしますが、なぜお仏壇にご本尊を安置するのでしょうか?
お仏壇にご本尊をお迎えし礼拝する意味はとても一口では言い表せませんが、そのひとつとしましてはせっかくのお寺様(ご本尊)とのご縁(法縁)を大切に、限りない智慧と慈悲の仏様に形を通して出合い、おおいなる教えに導かれて自分自身の中に少しずつ仏さまのこころ、やさしい思いやりのこころを見いだしていく、ということにあるのではないでしょうか。
でも各宗派によって考え方もいろいろです。例えば浄土真宗の場合は、お仏壇は浄土を表し、すべての人をすくうという阿弥陀如来の誓い(誓願)を信じさせていただく感謝とよろこびで仏さまに手をあわせます。阿弥陀如来のおられる永遠絶対の光明の世界である浄土を心のよりどころとするのです。お仏壇は阿弥陀如来を安置するところであり、本来お位牌を祀るということもいたしません。

仏壇や仏像の仏(佛)という字は仏陀の仏で、もともとは釈迦如来、阿弥陀如来などの仏様(如来)のことをさします。
ところが日本では、亡くなった方のことをいう「ホトケ」にもこの字をあてたので、両方とも「ほとけさん」ということになり、「ほとけを祀る」という言い方が色々な意味で用いられることになりました。そのようなこともいわゆる「ご本尊」を判りにくくしているひとつなのかもしれません。お仏壇も、お釈迦様も、阿弥陀様も、観音様も、ご先祖様も、含めて全部「ほとけさん」です。
もともとは、「仏像(如来)を安置する壇」だから「お仏壇」です。そのことからご仏像なしではお仏壇と呼べないという理屈をいうこともありますが、位牌だけ安置してあっても、あるいはお位牌もない場合でも一般的には「お仏壇」と呼びますし・・・、結局はそれぞれの方のそれぞれのご縁ということでしょうか。

閑話

静岡県の一部では、お仏壇のことを昔(50年位前まで?)は「持仏(じぶつ)」と呼ぶ習慣がありました。「お持仏さん」あるいは「お持仏っつぁん」という具合です。
持仏というのは「念持仏(ねんじぶつ)」の略で、「念持仏」は個人が身近に安置して礼拝する仏像のことです。
この辺は禅宗の多い地域ですからどちらかというと位牌を中心に、先祖供養を主体としてきたイメージがありますが、この呼び習わしはどこからきたのか、興味深いところです。
他の地方にもお仏壇のことをこのように呼んだ(あるいは呼んでいる)地域はあるでしょうか?
ちなみに浄土真宗では、お仏壇のことを「お内仏(おないぶつ)」と呼びますが、これはご本尊の阿弥陀如来(浄土)をさす言いならわしです。